システム思考で「貯まりと流れ」を読み解く:在庫とフローで現象を構造化する授業実践
私たちの身の回りには、常に「貯まるもの」と「流れるもの」が存在し、それらが複雑に絡み合って様々な現象が起きています。例えば、教室のゴミの量、SNSのフォロワー数、地域の貯水池の水量など、これらはすべて「貯まり」と「流れ」の相互作用によって変化しています。
システム思考における「在庫とフロー」の概念は、こうした現象の背後にある構造を理解し、そのメカ動きを洞察するための強力なツールとなります。この視点を授業に取り入れることで、生徒は単なる表面的な事象だけでなく、その根底にあるメカニズムを構造的に捉える力を養うことができます。
本記事では、システム思考の基本的な要素である「在庫とフロー」を中学校の授業でどのように指導し、生徒が主体的に学びを深めるか、具体的な指導法と実践例を紹介します。
1. 「在庫とフロー」とは何か:生徒に伝えるための基礎知識
システム思考において、「在庫(Stock)」と「フロー(Flow)」は、システムの動態を理解する上で不可欠な概念です。生徒にこの概念を伝える際には、具体的な例えを用いることが有効です。
- 在庫(Stock): ある瞬間に「貯まっているもの」の量を指します。時間の経過とともに増減する対象であり、目に見える形で把握しやすいものです。
- 例: 貯金残高、教室のゴミの量、図書館にある本の冊数、SNSのフォロワー数、地域の人口。
- フロー(Flow): 在庫を増減させる「流れ」を指します。時間の単位で計測され、「〜が流入する」「〜が流出する」といった形で表現されます。
- 例: 収入と支出(貯金残高を増減させる)、ゴミの発生量と清掃量(ゴミの量を増減させる)、本の貸出数と返却数(本の冊数を増減させる)、新規フォローとフォロー解除(フォロワー数を増減させる)、出生数と死亡数(人口を増減させる)。
生徒への導入では、「浴槽の水の量」を例に説明すると理解が深まりやすいでしょう。浴槽に貯まっている水の量自体が「在庫」であり、蛇口から流れ込む水が「流入フロー」、排水溝から流れる水が「流出フロー」です。蛇口から流れ込む水の量と排水溝から流れる水の量のバランスによって、浴槽の水の量(在庫)がどのように変化するのかを視覚的に説明できます。
2. 身近な現象から「貯まりと流れ」を体験する授業実践
「在庫とフロー」の概念を授業で実践する際には、生徒にとって身近で関心のあるテーマを選ぶことが重要です。既存の授業時間の一部や総合的な学習の時間に組み込むことも可能です。
授業実践テーマ例
- SNSのフォロワー数の変化
- クラスのテスト平均点の変化
- 地域の公園のゴミ問題
- 図書室の本の貸し出し状況
- ゲーム内のコイン残高やアイテム数
活動ステップ
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ステップ1: テーマの選定と問題意識の共有(5-10分)
- まず、生徒自身に「最近、増えたり減ったりしていると感じる身近なものは何だろう?」と問いかけ、興味のある現象を自由に挙げさせます。
- 教師が特定のテーマを提示し、「なぜその現象は増えたり減ったりするのだろうか?」「私たちはその変化のどの部分に関わっているだろうか?」といった問いかけを通じて、生徒の問題意識を引き出します。
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ステップ2: 在庫とフローの特定(15-20分)
- 選定したテーマについて、グループで話し合い、「貯まっているもの(在庫)」と、その在庫を「増やす流れ(流入フロー)」、「減らす流れ(流出フロー)」を特定させます。
- この際、以下のようなワークシートを活用すると、思考を整理しやすくなります。
``` 【ワークシート例】「在庫とフロー」で現象を読み解こう!
■ テーマ: [例:SNSのフォロワー数の変化]
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貯まっているもの(在庫)は何ですか? [例:SNSのフォロワー数]
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貯まっているものを増やす流れ(流入フロー)は何ですか? [例:新規フォロー、投稿への興味関心、友人・知人からの紹介、インフルエンサーからの言及]
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貯まっているものを減らす流れ(流出フロー)は何ですか? [例:フォロー解除、アカウントの活動停止、不適切な投稿による失望]
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それぞれの流れに影響を与える要因は何だと思いますか? [例:新規フォローの要因→投稿の質、投稿頻度、フォロワーによる拡散、キャンペーン] [例:フォロー解除の要因→過度な投稿、炎上、興味の喪失] ```
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ステップ3: 在庫とフローの関係性を可視化(10-15分)
- グループで特定した在庫とフローを、図やイラストを用いて可視化させます。模造紙やホワイトボードの中心に「在庫」を書き、矢印で「流入フロー」と「流出フロー」を示します。
- さらに、それぞれのフローに影響を与える要因(ステップ2の4番)も書き加えることで、後の因果ループ図作成への足がかりとすることも可能です。
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ステップ4: 考察と共有(10-15分)
- 可視化した図を見ながら、「現在の現象は、どのフローが強く影響していると思うか?」「もしこの現象を変化させたいなら、どのフローに注目して対策を考えるべきか?」といった問いかけで、グループ内での議論を促します。
- 各グループの発表と全体での共有を行い、異なる視点や発想に触れる機会を設けます。他のグループの事例から学びを深めることで、生徒は様々な現象に応用できる力を育みます。
3. 授業実践のポイントと発展的な学び
既存授業への組み込み方
- 理科: 生態系における個体数の増減(出生・死亡、移動)、水循環(降水量・蒸発量)、物質の循環。
- 社会科: 人口問題(出生数・死亡数、転入・転出)、経済の循環(貯蓄・投資、生産・消費)。
- 総合的な学習の時間: 地域課題(ゴミの量、高齢者の数)、学校課題(委員会活動の参加者数、学校行事の盛り上がり度)。
授業実践のポイント
- 直感的な理解: 図やイラストを多用し、言葉だけでなく視覚的にも「在庫とフロー」の関係性を捉えられるように工夫します。
- 生徒主体: 生徒自身が関心のあるテーマを選び、自ら分析することで、主体的な学びを促します。
- 具体的な問いかけ: 「もし〜だったら、どうなる?」という仮説を立てさせる問いかけは、思考を深める上で有効です。
生徒の気づきと学び
この活動を通じて、生徒は以下のような気づきや学びを得ることができます。
- 現象の多面的な捉え方: 単に「増えた」「減った」だけでなく、その背後にある「何がどれだけ入ってきて、何がどれだけ出ていったのか」という構造に目を向けるようになります。
- 「遅延」への視点: フローが変化しても、在庫がすぐに変化しない場合があることに気づき、原因と結果の間に時間差がある「遅延」の概念につながる視点を持つことができます。
- システム全体への影響: 特定のフローを変化させようとすると、予期せぬ別のフローや在庫に影響が出る可能性を考えるようになり、システム全体の相互依存性を理解するきっかけとなります。
まとめ
システム思考の「在庫とフロー」は、複雑な現象をシンプルな構造で捉え、そのダイナミクスを理解するための基本的なフレームワークです。中学校の授業でこの概念を教えることで、生徒は身の回りの事象を構造的に分析し、本質的な原因を考える力を養うことができます。
身近な事例から段階的に実践することで、生徒はシステム思考が実社会の問題解決に応用できる強力なツールであることを実感するでしょう。ぜひ、本記事で紹介した指導法を日々の授業に取り入れ、生徒の「システムを読み解く力」を育んでいただきたいと考えます。