授業実践!システム思考

学校生活の「なぜ?」を探る:システム思考で因果ループ図を描く実践指導法

Tags: システム思考, 因果ループ図, 問題解決, 授業実践, 中学校教育

中学校の先生方が日々直面する課題の一つに、生徒たちに現実世界の問題を深く考えさせ、自ら解決策を見つけ出す力をどう育むかという点があるのではないでしょうか。表面的な事象にとらわれず、その背後にある複雑な因果関係や構造を理解する上で有効なのが「システム思考」です。特に「因果ループ図」は、目に見えない問題の構造を可視化し、多角的な視点から問題解決に取り組む力を養う強力なツールとなり得ます。

本記事では、多忙な先生方でも既存の授業に取り入れやすいよう、システム思考の中でも特に実践的な因果ループ図の描き方に焦点を当て、具体的な指導法と実践例をご紹介します。

1. なぜ学校生活の課題にシステム思考・因果ループ図が有効か

生徒たちが学校生活で直面する「なぜ忘れ物が多いのだろう?」「なぜクラスの雰囲気が良くならないのだろう?」といった問いは、単一の原因で説明できることは稀です。多くの場合、複数の要素が複雑に絡み合い、相互に影響し合っています。

システム思考は、こうした複雑な状況を「システム」として捉え、要素間の因果関係やフィードバックループ(循環する因果関係)を明らかにするための思考法です。因果ループ図を作成することで、生徒は以下の点を学ぶことができます。

これらは、日々の生活における課題解決能力だけでなく、将来社会に出て様々な問題に取り組む上でも不可欠なスキルとなるでしょう。

2. 因果ループ図の具体的な指導ステップ

生徒たちに因果ループ図を教える際には、以下の3つのステップで進めることをお勧めします。身近な学校生活の課題を例に、具体的な問いかけ例も交えて解説します。

ステップ1:問題の特定と要素の洗い出し

まずは、生徒が関心を持ちやすい身近な課題を設定します。最初はシンプルな問題から始め、徐々に複雑な問題へと移行すると良いでしょう。

指導のポイント: * 課題設定例: 「朝の教室がなかなか静かにならない」「部活動の練習に集中できない」「給食の残量が多い」など、生徒が「自分ごと」として考えられるテーマを選びます。 * 要素の洗い出し: 設定した課題に影響を与えていると思われる様々な「要素(変数)」をブレーンストーミングで洗い出させます。要素は名詞句(例:「生徒の集中度」「教員の声かけ」「周囲の雑音」)で表現させることが重要です。

生徒への問いかけ例: * 「この問題(例:朝の教室がなかなか静かにならない)が起こる原因は何だと思いますか?」 * 「この問題に関わっている人やものは何でしょうか?」 * 「例えば、どんなことが静かになるのを妨げていると思いますか?」

ステップ2:因果関係の発見と矢印の記述

洗い出した要素間に因果関係を見つけ、矢印で結びます。この際、矢印の先に「S(Same)」または「O(Opposite)」を記入することで、正の相関か負の相関かを示します。

指導のポイント: * S(Same:正の相関):原因となる要素が増えると、結果となる要素も増える(または、原因が減ると結果も減る)関係。「〜が増えると、〜も増える」と説明します。 * O(Opposite:負の相関):原因となる要素が増えると、結果となる要素は減る(または、原因が減ると結果が増える)関係。「〜が増えると、〜は減る」と説明します。 * 具体例で説明: * 「生徒の学習意欲が増える(S)→ 授業中の発言が増える」 * 「宿題の量が増える(S)→ 睡眠時間が減る」 * 「健康への意識が高まる(O)→ 病気になるリスクが減る」

生徒への問いかけ例: * 「Aという要素が増えると、Bという要素はどうなりますか?増えますか、減りますか?」 * 「その関係は、プラスの関係(S)ですか、マイナスの関係(O)ですか?」 * 「本当にそう言えますか?他に影響する要素はありませんか?」

ステップ3:ループ構造の特定と意味の考察

複数の因果関係が繋がり、循環する「ループ(環)」を見つけ出します。ループには「強化ループ(自己増幅型)」と「均衡ループ(目標追求型)」の2種類があります。

指導のポイント: * 強化ループ(R:Reinforcing Loop): ループ内を一周すると、最初の要素の変化がさらに増幅される(好循環または悪循環)。「どんどん加速していく関係」と説明します。 * 例:「学習へのモチベーション増加(S) → 学習時間増加(S) → 成績向上(S) → 学習へのモチベーション増加」 * 均衡ループ(B:Balancing Loop): ループ内を一周すると、最初の要素の変化が元の状態に戻ろうとする(現状維持)。「元の状態に戻そうとする関係」と説明します。 * 例:「教室の騒音増加(S) → 教員の注意増加(S) → 教室の騒音減少(O) → 教員の注意減少」 * 「遅延」の概念: 因果関係には、すぐに結果が出るものと、時間差があるものがあります。これを「遅延」として波線で示し、生徒に「すぐに効果が出ない関係」として説明すると、より現実的な思考を促せます。

生徒への問いかけ例: * 「この矢印のつながりを見て、どこかに循環する関係(ループ)はありませんか?」 * 「このループは、状況を良くしている(悪くしている)ことを加速させているでしょうか、それとも元の状態に戻そうとしているでしょうか?」 * 「この因果関係は、すぐに結果が出るものですか?それとも少し時間がかかるものですか?」

3. ワークシートのアイデアと実践例

生徒たちが因果ループ図を描きやすいよう、以下のような項目を盛り込んだワークシートを準備すると良いでしょう。

ワークシートの例

実践例:「清掃活動の質が低い」という課題へのアプローチ

ある中学校の清掃の時間に、生徒が清掃活動に真剣に取り組まず、清掃の質が低いという課題がありました。この課題をシステム思考で分析する授業を試みました。

  1. 問題設定: 「清掃活動の質が低い」
  2. 要素の洗い出し:
    • 「生徒の清掃への意識」
    • 「清掃の準備時間」
    • 「清掃にかけられる時間」
    • 「教員の指導(声かけ)」
    • 「清掃の成果(きれいになること)」
    • 「生徒の達成感」
    • 「清掃区域の広さ」
    • 「清掃道具の充実度」
    • 「クラスの協力体制」など
  3. 因果関係の発見とループ図作成:
    • 生徒たちはグループに分かれ、要素を書き出し、付箋に矢印とS/Oを記入しながら模造紙に貼っていきました。
    • 「生徒の清掃への意識が増える(S) → 清掃の質が上がる(S) → 清掃の成果(きれいになること)が増える(S) → 生徒の達成感が増える(S) → 生徒の清掃への意識が増える」という強化ループ(R1:好循環ループ)を発見しました。
    • 一方で、「教員の指導が増える(S) → 清掃の質が上がる(S) → 清掃の成果が増える(S) → 教員の指導が減る(O) → 清掃の質が下がる」という均衡ループ(B1:先生依存ループ)も指摘されました。これは、先生の指導に頼りすぎると、先生の注意が緩んだ途端に質が低下するという現状維持の構造を示していました。
    • 中には、「清掃の準備時間が増える(S) → 実際に清掃する時間が減る(O) → 清掃の質が下がる」といった、一見関係なさそうな要素も結びつき、意外な発見がありました。
  4. 生徒の反応と学び:
    • 最初は難しそうにしていた生徒たちも、身近な問題であるため活発に意見を出し合いました。
    • 「問題は一つの原因で起こるわけではないこと」「自分たちの行動が全体に影響していること」に気づき、表面的な問題解決ではなく、どこに働きかけると根本的に改善するのかを真剣に考えるようになりました。
    • 特に、先生の指導が減ると質が下がるという「先生依存ループ」を発見した際には、「だから、先生がいないとできないんだ!」と目から鱗が落ちたような反応が見られました。これにより、「自分たちで考えて行動する」必要性を強く認識するきっかけとなりました。

まとめ

システム思考、特に因果ループ図は、生徒たちが学校生活における身近な「なぜ?」を掘り下げ、複雑な問題の構造を理解し、持続的な解決策を導き出すための強力なフレームワークです。

最初は簡単なテーマから始め、徐々にステップを踏んで指導することで、生徒たちは物事を多角的に捉え、見えない因果関係を見抜く力を養うことができるでしょう。日々の授業の中で、少しずつでもシステム思考の視点を取り入れていただくことで、生徒たちの「考える力」が着実に育まれることを期待しています。